何故モノマネヒップホップになるのか
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001 2026/10/04(日) 08:55:00 ID:jbbD6ph0l2
日本のラッパーはなぜ本場のモノマネになるのか
またトラックもフロウもファッションもモノマネしてると気付いてないファンが多いのか
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002 2026/10/04(日) 09:08:59 ID:y6veuLMpy.
本場のラッパーは体中からあふれ出る才能すべてが音楽。
一方、日本の自称ラッパーはただのバカ集団。
そりゃ~ ぜんぜん違うわな。
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003 2026/10/04(日) 09:17:39 ID:arYzpRHmRc
ラップの初期はナイジェリアの太鼓をバックに詩を語っていた。
いわば黒人の伝統音楽を現代に進化させたもの。
オノレの伝統音楽・文化に背を向ける輩が「本物」を生み出せるはずもない。
誰だったかNYの著名なストーリート・ミュージシャンが
「なぜ日本は自身のディープなルーツミュージックを発信しようとしないんだ?」と言ってたな。
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004 2026/10/04(日) 10:20:34 ID:iWzUSbI7K2
[YouTubeで再生]

戦後アメリカのソフトパワーにおいて、「音楽」は世界中の人々の心を捉え、アメリカ的な価値観や自由なライフスタイルを植え付ける最強の文化兵器となりました。冷戦期、アメリカ政府はこれを「音の外交(Jazz Diplomacy)」などとして政治的にも最大限に活用しました。
・ジャズ外交(1950〜60年代) 国務省はルイ・アームストロングやデューク・エリントンなどの黒人ジャズミュージシャンを「親善大使」として世界、特にソ連やアフリカなどに派遣しました。楽譜に縛られない即興演奏のスタイルが、「アメリカの自由と民主主義」の象徴として宣伝されました。
・ロックンロールの衝撃(1950年代〜)反体制と自由の象徴、エルヴィス・プレスリーに代表されるロックは、若者文化を爆発させました。 鉄のカーテンを越えて東欧やソ連の若者たちにも密かに流通し、共産主義体制下の若者たちに「アメリカの豊かさと自由」への強い憧れを抱かせ、内側から体制を揺るがす原動力となりました。
・ポップスとメディアのグローバル化(1980年代〜)視覚と音楽の融合、MTVの開局により、マイケル・ジャクソンやマドンナなどの音楽ビデオが世界中で放送され、アメリカのファッションやダンス、ライフスタイルが同時に世界へ輸出されました。
戦後の日本においても、進駐軍(GHQ)のラジオ放送(WVTR〜FEN、AFN)から流れるジャズやカントリー・ミュージックは、焼け跡の日本人に圧倒的な「豊かさ」と「モダンな格好良さ」を印象づけました。これがその後の日本の歌謡曲やJ-POPの基盤となり、戦後日本の急速な親米化・近代化を後押ししました。
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005 2026/10/04(日) 10:56:18 ID:RP89jFYcu6
006 2026/10/04(日) 11:53:53 ID:e73WF2yQFw
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